毎日のInstagram投稿は、その日の出来事をそのまま書いていることが多いです。
今回は、2026年5月中旬に投稿していた岩内町と共和町の日々の様子を、あとから振り返って整理してみます。
田んぼに水が入り始めた景色、町のお店での食事、写真展や美術館、洞爺湖マラソン、そして断水。
その時は一つひとつの出来事として書いていましたが、振り返ると、5月中旬の岩内町では水のある景色と、人の動きが印象に残っています。
※5月初旬の岩内町については、桜の名残と初夏へ向かう暮らしの景色として別記事にまとめています。
田んぼに水が入ると、景色が変わる

5月中旬になると、共和町や岩内町の田んぼに水が入り始めます。
まだ田植え前の田んぼに水が張られ、夕方になると空の色が映り込みます。
晴れた日は青空が映り、夕方には少し赤みを帯びることもあります。
この時期の景色は、毎日同じようで少しずつ違います。
岩内町のいつもの場所でも、田んぼに水が入り、この時期だけの景色が見られるようになりました。
共和町の田んぼでも、夕方の空が水面に映る時間がありました。
もちろん、毎日きれいな夕焼けになるわけではありません。
雲が多く、思ったような景色にならない日もあります。
期待して出かけても、最後まで晴れない日もあります。
それでも、水の入った田んぼを見ると、季節が一段進んだことがわかります。
このあたりの暮らしでは、そういう変化が近くにあります。
田んぼや港の水を見ていた同じ時期に、生活に必要な水が止まる出来事もありました。
洞爺湖マラソンから戻ると、町内は断水に

5月17日は、洞爺湖マラソンに参加しました。
岩内町で暮らしていると、町内だけでなく、周辺の町へ出かけることも日常の一部になります。
この日は洞爺湖で10キロを走り、帰りは助手席に乗せてもらって、真狩村を通って岩内町へ戻ってきました。
町外のイベントに出かけて、岩内町へ戻ってくる。
そんな休日の終わりに、町内では断水が起きていました。
水が出ない。
それだけで、普段の暮らしは急に変わります。
手を洗う。
料理をする。
トイレを使う。
お店を開ける。
普段は当たり前にできていることが、急に当たり前ではなくなります。
一方で、車で動ける人であれば、共和町や近隣町村へ行くことで対応できることもありました。
それでも、水が止まったことで見えてきたものがありました。
断水で印象に残ったのは、人の動きだった

岩内町に戻ってから、町内の事業者さんをいくつか訪問しました。
町民が困っているのだから何かしなければ、と動こうとしている方。
にこやかに「なんとか乗り切ろう」と話している方。
営業が難しい中でも、できることを考えていた方。
水が出ない不便さもありましたが、私が印象に残っているのは、そういう人の動きでした。
翌朝には、給水パックを受け取りに行きました。
早朝5時過ぎくらいだったと思います。
現場では、給水パックの配布がとてもスムーズに行われていました。
その日は消防や警察の方々も来て、現場で対応されていました。
希望するご家庭へは、お届けもしていたようです。
他市町村からの応援もありました。
私が見た時に写真に写っていたのは倶知安町の給水車でしたが、共和町などほかの近隣町村からの応援もあったようです。
見ていて、日本の自治体の皆さんの日頃からの備えや協力体制はすごいと感じました。
もちろん、私が見えたのはごく一部です。
きっと、表には見えてこない地域の協力もたくさんあったのでしょう。
午後から、事業者さんにお話を伺いに行った時にも、印象に残る言葉がありました。
温泉を町民に開放してくれたり、水やトイレを提供してくれたり、岩内町の人たちはなんて優しいんだ。
普段、水をたくさん使っていることに気づいた。
こうしたお話が多かったです。
昨日と今日で、普段は見えにくいものがいろいろ見えた気がします。
水が出ない不便さだけではなく、その中で動いている人の姿も見えました。
岩内大火の記憶と、困っている人のために動く町
断水の中で動いている人の姿を見て、昭和29年の岩内大火の話を思い出しました。
岩内町では、昭和29年に大火があり、市街地の約8割が焼失したとされています。
「再起不能」とまで言われた町が、多くの支援と先人の努力によって復興してきた歴史があります。
その大火直後にも、「困っている町民がいるから」と、風呂敷を広げてお店を開いていた人がいたという話を聞いたことがあります。
大火と今回の断水を同じ大きさで語るつもりはありません。
もちろん、比べるものではありません。
ただ、困っている人がいる時に、何かできることをしようとする人がいる。
それは、町の歴史の中にも、今の町の中にも見えるのかもしれません。
岩内大火からの復興も、ひとつの建物やひとつの制度だけで進んだものではないはずです。
多くの人の力が重なり、町は少しずつ立ち上がっていったのでしょう。
今回の断水は、大火とは比べものにならない出来事です。
それでも、小さな非常時の中に、その町を支える人の姿が少し見えた気がしました。
※岩内町公式サイトでも、昭和29年の岩内大火では市街地の約8割が焼失し、「再起不能」とまで言われた町が多くの支援と先人の努力によって復興してきたことが記されています。
https://www.town.iwanai.hokkaido.jp/%E3%83%88%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%80%8C%E5%B2%A9%E5%86%85%E5%A4%A7%E7%81%AB%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%81%AB%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%A3%E3%81%A6/
日常の中にも、町の動きは見えている

5月中旬は、断水だけの日々だったわけではありません。
田んぼに水が入り、夕方の景色が変わっていきました。
神仙沼PHOTO CLUB写真展2026も始まりました。
木田金次郎美術館では美術館講座がありました。
岩内絵画教室作品展も開催されていました。
吉田蒲鉾店さんの「あすぱらさん」。
ビーナッツカフェさんの共和町産グリーンアスパラガスバーガー。
とものばショップさんのお得なおかき。
ごはんどころGoen.さんの新メニュー。
サンサンcafeさんの最終営業日。
町の中では、いつもの暮らしも動いていました。
中学生のアイデアが、ベーカリーサンライズさんのあきんど市商品として実現した日もありました。
学校の授業がお店の商品になる。
美術館で郷土館の話につながる。
カフェで地域のお店や移住定住の話になる。
大きな町ではないからこそ、自分の関わったことが形になって見える場面があります。
町の規模が小さいことは、不便さにもつながります。
でも、その一方で、動いている人や出来事の距離が近いという面もあります。
それを面白いと思えるかどうか。
ここは、田舎暮らしの相性にも関わるところだと思います。
こういう時に見えるものもある
こういう出来事まで想定して町を選ぶ人は、正直ほとんどいないと思います。
家賃。
仕事。
買い物環境。
医療。
交通。
学校。
インターネット環境。
冬の雪。
日常の景色。
移住を考える時、まず見るのはそういう平時の条件でしょう。
それは当然です。
ただ、実際に暮らしていると、思いがけない出来事に出会うこともあります。
今回の断水も、そのひとつでした。
水が出なくなることが日常的にあるわけではありません。
それでも、こういう時に見える人の動きがあります。
そこに、普段は見えにくい町の姿が出ていたように感じました。
どこから情報が入るのか。
誰が現場で動いているのか。
地域のお店や住民の間に、どんな助け合いがあるのか。
表には見えてこないところで、どんな協力があるのか。
それは、平時の日常の中にも少しずつ見えているのかもしれません。
困った時に、細い接点が助けになることもある
移住直後は、困った時にどこへ聞けばいいのかわからないことがあります。
誰に相談していいのかわからない。
どの情報が正しいのかわからない。
地域の中で、どこまで頼っていいのかわからない。
だからこそ、普段から細い接点をいくつか持っておくことは大事だと思います。
町のお店に行く。
道の駅に行く。
地域のイベントに顔を出す。
写真展や美術館に行く。
交流会に参加してみる。
LINE公式アカウントなど、地域の情報が入る場所を残しておく。
いきなり深い人間関係を作る必要はありません。
むしろ、無理をすると疲れます。
でも、細い接点がいくつかあるだけで、困った時の見え方はかなり変わります。
どこへ行けば情報があるのか。
誰に聞けばいいのか。
どのお店が開いているのか。
誰が何をしてくれているのか。
そういう情報は、暮らしの安心につながります。
まとめ:水のある景色と、水を支える人の姿

2026年5月中旬の岩内町は、田んぼの水が美しい時期でした。
水の入った田んぼに空が映る。
港の水面が夕方の色を映す。
この時期ならではの景色がありました。
同時に、暮らしに必要な水が止まる出来事もありました。
水が出ないことは不便です。
でも、その中で動いている人たちの姿も見えました。
給水対応や現場対応にあたっていた方々。
近隣町村から応援に来てくださった方々。
町内外で水やトイレを提供してくれた方々。
営業が難しい中でも、できることを考えていた事業者さん。
きっと、表には見えてこない地域の協力もたくさんあったのでしょう。
水が出ることも、支えてくれる人たちがいることも、当たり前ではありません。
岩内町の5月中旬は、水のある景色が美しい時期でした。
そして、水を支える人の姿を、あらためて感じる時期にもなりました。
派手な話ではありません。
でも、こういう時に見える人の姿もあります。

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