岩内高校(町外から通う生徒さんもあり)の授業や町内のお店などで若い人の話を聞く機会があります。
その時に感じることは、岩内町には高齢者想いの若者が多いということ。
一方で若者にとって田舎町はどういう町なのだろうと感じてしまいます・・・。

祖父母が大好きという若者が多い

いくつかの例を挙げたいと思います。
・高校生に町づくりについての意見を出してもらうようなワークショップがありました。
その中で、自分の祖父母が大変な生活を送っているので、高齢者が住みやすい町になって欲しいという意見がありました。
・お店でアルバイトをしている高校生とお話ししたときにも同じように、祖父母だけでの生活は大変なので、自分が何かをしてあげたいということを言っていました。
・岩内高校美術部書道部まちなかギャラリーの会場で受付の生徒さんとお話しをしたときに、自分のおばあちゃんが大好きで絵に描いたという話しがありました。

これはほんの一例。

一般的に祖父母が大好きで祖父母のことに思いをめぐらすということは普通なのかもしれません。
でも、私の生活では、物心ついたときには母方の祖父母は亡くなっていたし、私が中学生になるまでに父方の祖父母も亡くなっていました。
また、父方の実家に帰ることも年に1回くらいなので、祖父母と話をしたことはほとんどありません。
私にとって、祖父母というのは遠い存在で、思いをめぐらすにはいたりません。

だから、岩内で若い人たちと話す中で、祖父母を心配する話しを聞くたびに少し驚いていました。

岩内の若者はなぜ祖父母想いなのか

岩内の若者が、祖父母想いなのはなぜでしょう?

東京など都市部では、田舎から出てきて住み着いた人も多いので、祖父母は遠い存在ですし、近所付き合いが希薄なので、高齢者と接する機会がないということが起きているのではないでしょうか。
それでは、祖父母や高齢者について考えることは少ない。

一方で、岩内のような田舎町は事情が違います。
たぶん岩内の若者が祖父母想いである理由は、祖父母やそのほかの高齢者と身近に接することが多いからではないでしょうか。
近くで見ていれば、高齢になるとどんなことに困るのか、何に苦労しているのかということを見て、心配する機会も多いでしょう。
高齢者想いの若者が育ちます。

そういう環境によるものであれば、恐らく岩内だけではなくて、この近隣あるいは田舎地域の若者には高齢者を大切にする人が多いのではないかと想像します。
これから先は、岩内町に限ったことではなくて、田舎暮らし全般のこととして書いていきます。

若者にとって大切にしたい地域なのか

早朝のアテナ像

ここは高齢者想いの若者の多い地域だと思いますが、一方で、若者はそれだけ大事にされているのでしょうか。

私は結果重視の人間です。
それは何度も書いているように、結果には原因があるから。
仮に、表向き仕事をしているように見せているけど、サボっていて、うまくやり過ごしていると思っている人間がいるかもしれません。
でもそれ、やり過ごせませんよ。
結果はついてくる。
見る人が見ればすぐにわかるんです。
やってなかったよね?って。

口先だけ立派なことを言っているけど、結局何も結果に表れない人。
行動してませんよね?
見る人が見ればすぐにわかるんです。

もちろん、やっているけどやり方が悪いということはあります。
でも、結果を見ながらそれを修正していくことも含めてが行動です。
「やったんだから褒めてくれ」、それは学生まで。
社会人は違います。

ご高齢の方で色々文句ばかり言っている人
あなたがもう少し若い頃にやってきたことが今の結果ですよ?
ほかの誰の責任でもない。
自分たちの行動が今の生活を作ったのではないですか?

本当に自分で行動を起こして努力してきた人なら、言っていることを完璧に実現することがどれだけ困難なことかを身にしみてわかっているものです。
軽々しく文句ばかり言えるものではない。

文句を言いたいのは若い人たちの方です。「あなた達が失敗したから、私たちがこんなことになっている。あなた達が無関心であったから、今こんなことになっている」と。

私はこんな風に考える冷たい人間です。
でも、岩内の若者たちは違いました。
高齢の方たちを心配して、何かをしてあげたいと考えている若者たちがいる。

そんな優しい若者たちにとってこの町はどういう町なのでしょう。
若い人たちは都会へと出て行きます。
それは全然構いません。
むしろ私はその方を望みます。
でも、都会で身に付けたノウハウやスキルを持って、故郷をよりよくしようと考えて戻って来る人はどれだけいるでしょうか。それが問題だと思います。
故郷をよくしたい。その想いを実現できる町なのかできない町なのか、見定められているのかもしれません。

世代間のコミュニケーションは取れているのか

私は一人暮らしなので、家族で生活している人たちがどのような状況なのかはわかりません。
祖父母がいる子供たちが高齢者想いになる環境があるとしても、そうでない家庭ではどうなっているのかはわかりません。

岩内高校美術部書道部まちなかギャラリー、開催している時間帯が日中に仕事をしている人向けではないことはわかります。
それにしても、どれだけの大人が関心を持って応援しているでしょうか。
鑑賞しているでしょうか。
若い人たちの想いをどれだけ感じ取れているでしょうか。

違う世代の想いを感じ取れる機会が必要ではないかと感じています。

まとめ

田舎暮らしの中で高齢者想いの若者も都会へと出て行きます。
そして、都会の生活でその想いは繋がれずに消えていくのかもしれません。私のように。
都会で世代を重ねるとどうなっていくのか、田舎での高齢者想いと同じようになっていくのかはわかりません。

若い人たちが経験不足なのは当たり前。
でも、だからこそ前例なんかに囚われない自由な考えが生まれるのです。
年配の人間はそれにストップをかけるのが役割ではないでしょう。
その若者の自由な考えをどうしたら実現できるのかを一緒に考えてサポートしてあげることこそが役割です。
経験を積ませてあげること、成長を促してあげることこそが役割です。
それができないなら経験者の意味はない。偉そうにしてないで引っ込んでいろというのが私の考え。
人材育成は何よりも大切なことです。

高齢者想いの若者たちがたくさんいる一方で、その若者たちに何を返してあげられるでしょう。

若い人が魅力を感じる町というのは難しいですね。
とはいえ、できなければ、近いうちに消滅するだけのことかもしれません。
見てみないふりをしていても、行動しなければいずれその時はやってきます。